先日、とあるメディア関係者の方から「インスタグラムが流行したことで、日本社会はどう変わったのですか?」という、なかなか難しい質問をいただいた。

 

私は、「インスタグラムが流行って日本社会が変わった」というインタビューに対して、それとは逆に「日本社会が変わったから、インスタグラムが流行った」と答えたがっていた。

インスタグラムが流行ったのは事実だし、「インスタ映え」が2017年の流行語大賞になったのも事実だが、インスタグラムのようなネットサービスが流行る下地ができていればこその「インスタ映え」でもあった。

つまり、インスタグラムが流行る前に、日本にはスマホやSNSが普及していたのだ。

 

それ以前にはmixiやプロフが流行した時期があり、ガラケーを使ったコミュニケーションや写メといった習慣も定着していた。

そういった一連の流れのなか、ちょうど「Facebook離れ」が起こっていた間隙にインスタグラムがスコンとハマった、と位置づけたほうが妥当のようにみえる。

 

インスタグラムが流行するにあたって、テキストベースではなく画像ベースであること、見せたいものを見せたいように編集しやすいアプリであったことが重要だったのは疑う余地が無い。

しかし、そのようなアプリを2016-2017年の日本人は見事に使いこなし、コミュニケーションの役に立ててみせたのである。それも、若い男女だけではなく老若男女が、である。

 

たくさんの人がインスタグラムを使いこなし、流行語大賞という、流行が末端にまで行き渡ったことを示す『流行終結宣言』をいただくまでに至った背景には、インスタグラムのアプリとしての秀逸さに加えて、それを使いこなすユーザー側の技能と、コミュニケーションに対する意識がなければならなかったはずだ。

 

この十数年の間に、日本人のコミュニケーションの相当の割合はオンライン化し、それに伴って、日本人が心理的欲求を充たし合い、お互いにコミュニケーションする相当の割合もまたオンライン化した。

十年ほど前はまだ、「ネットとリアル」といった具合にオンラインとオフラインを別物と考えたがる人がたくさんいたはずだ。

 

だが、今はそうではない。「ネットとリアル」を区別するものはなく、Facebookやインスタグラムの影響力とオフラインの影響力は、相補的なものになっている。

オンラインの影響力とオフラインの影響力が相補的になってきたからこそ、こすっからいほどの現実主義者までもがFacebookやインスタグラムに投稿をアウトプットするようになり、思い込みの嵩じた若者が「フォロワー数は戦闘力」などと言い出すようになったのである。

 

と同時に、アカウントごとに表現や態度を変える習慣もしっかり定着してきた。

複数のアプリを使いこなし、複数のオンラインコミュニケーションが同時進行することも珍しくなくなったなかで、日本人の多くは、そのようなコミュニケーションに慣れていった。

 

もちろんかつての日本人、特に都会に住む人々もまた、場を変えて、服装を変えて、会いに行く人を変えて、そのたびに表現や態度を変えてはきたし、それが「ペルソナ」といった言葉で語られることもあった。

それでも、今日のオンラインコミュニケーションのように、ボタンひとつで表現や態度を切り替え、すみやかにムードまで切り替えるテンポの速さ、割り切りの速さは無かったように思う。

 

アカウントやアプリごとに最適化したコミュニケーションの表現・態度・ムードを選択し、まるで数秒前までのコミュニケーションなど無かったかのように振る舞える現代人の、社会適応性には私は驚かざるを得ない。

人間は、こんな芸当まで出来てしまうのだ!

 

一部には「ネット依存」や「LINE疲れ」といった問題も生じているにせよ、現代人の過半数はこのコミュニケーション環境に適応してしまっている。私には、このことが凄くて凄くてしようがなくみえる。

 

インスタグラムが流行語大賞になった背景には、このような、日本人のコミュニケーションの大きな変化があった。

mixi、プロフ、twitterFacebook、そういった長年のオンラインコミュニケーションの普及と積み重ねによって、日本人と日本社会はだんだんに変質していったのだ。

 

オンラインにメンション出せない奴は後れを取る

 ここまでオンラインとオフラインが融合しあい、それぞれにおける影響力が相補的なものになってくると、「コミュニケーションの巧い人」の定義もおそらく変わってくる

……いや、もう変わり始めている。

オンラインとオフラインの影響力がシームレスになった社会では、コミュニケーションの少なからぬ部分がアプリを通したものになり、人脈を新たに獲得する機会もオンラインを経由したかたちとなる。

 

ということは、今日の社会において「コミュニケーションの巧い人」とは、オフラインのコミュニケーションが巧いだけでは不十分で、オンラインでのプレゼンテーションやリアクションも巧くなければ駄目、ということになる。

 

キャリアアップにしても、友達探しにしても、パートナー探しにしても、オンラインで自分を上手にプレゼンテーションできる人は、それが強みになる。

twitterのフォロワーがたくさんいること」も

「インスタグラムの投稿で他人を魅了できること」も、

今では立派なコミュニケーション能力の一端だし、それ自体、人脈や影響力のパラメータとして評価される。

 

一部のマニアだけがインターネットをやっていた頃、オンラインにおける影響力とオフラインにおける影響力は断絶していたが、オンラインとオフラインの影響力がシームレスになった社会では、オンラインの人気者とオフラインの人気者もまたシームレスだ。

コミュニケーションのかたちが変われば、求められるコミュニケーション能力も変わる。

 

「インスタ映え」などという言葉が流行った後の社会では、自己演出に適したスナップショットを手早く撮って、適切に編集して投稿する技能もまたコミュニケーション能力の一部だ。

一昔前までは、コミュニケーションの資質としてはほとんど見向きもされなかったであろう「撮る」という技能が、いまやコミュニケーション能力の一端となったのである。

 

もちろん、twitterFacebookへの文章投稿の技能も同様である。

20世紀に比べると、「書く」という技能がコミュニケーション能力に占める割合は高くなった。

昔だったら見向きもされなかったであろう「書き手」にも、今ならワンチャンスある。なぜなら、誰もがSNSを読むようになったから。SNSでの評価とオフラインでの評価がシームレスになったから。

 

ただし、ワンチャンス得た人がいるということは、ワンチャンス失った人がいるということでもある。

 

「撮る」や「書く」が苦手な人は、得意な人に比べて割を食うようになってしまった……というより埋もれてしまいやすくなってしまった。

今日、十分な影響力を獲得し、コミュニケーション巧者を自称するためには、容姿や身のこなしに優れているだけではなく、「撮る」や「書く」にも優れていなければならない。

実際、そうやって上手く立ち回っている人もいる。

 

これからは、オンラインの「撮る」や「書く」も駆使して、総合的かつ適切に影響力を獲得できる人間がコミュニケーション強者と定義されるように変わっていくのだろう。

好むと好まざるとにかかわらず、この変化を直視して、ついていくしかない。

 

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安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
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(2025/6/2更新)

 

【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』(イースト・プレス)など。

twitter:@twit_shirokuma   ブログ:『シロクマの屑籠』

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